日向に変わる町。

2004年1月25日
 相方が出張で留守なのを利用して、両親が家に遊びに来ていました。
 両親は明るくて華やかで歌好きで春風みたいな人達です。いつの間にか、私の体調も良くなっていました。「ときには気力でも頑張って風邪に力のあるところを見せてやりなさい」とは案外的を得ているかも知れません。

 知らない町で家族に会えるのは、嬉しいことでした。一緒に買い物をしたり楽しく話しをしていると、不安やストレスはどこかへ飛んでいってしまいます。いえ、相方が出張で羽根を伸ばせたからではけっしてなく……。

 それにしても、町に馴染むというのは、不思議な出会いの力もあると思えます。
 ふらりと散歩し、一軒のお茶の直売所を通りがかりました。何気なく覗きながら通り過ぎ、食事をした後にやはり買おうと思って戻り、農家のような家の玄関をからりと開け、声をかけてみると奥から杖をついたお爺さんが出てきました。
 お爺さんは一目私達を見るや、「さっき通りましたね。ふと気になっていたんですよ」と嬉しそうに迎えてくれました。
 柱時計の音だけが規則正しく鳴っている、昔ながらの造りの店内には、お茶の大会でとったトロフィーがずらりと並んでいます。感心しながらどのお茶が手頃か尋ねたりしているうちに、奥からお婆さんがお茶を入れてきてご馳走してくれました。
 そうして、椅子に腰掛けてご馳走になりながら、庭の梅がすばらしいですねなどと話していると、いつの間にかどこから来ただのどこへ住んでいただのと話が弾み、しまいにはまた寄らせてもらいましょうと、また一つ町に知り合った人々や店が増えていく。そのたびにこの町の住人になっていくような気がするのです。

 両親が来た時、父はこの町には初めて来た気がしないと言っていました。それはここが、僧侶にして書家であり歌人でもあった祖父が、好んで足を運んでいた山が望めることにもあります。
 祖父の詠んだ句を想いながら、今は歌人でもある父もベランダから山並みを望み、歌を詠む。
 父は祖父の背中を師としてよく見つめています。
 どんな想いで最後まで一緒に行くことはなかったその山並みを見つめているのか、その気持ちを推し量ることは出来ませんが、そういう時私は、何か見えない財産を受け継いでいる父を羨ましく思うのです。財産とは、歌の心。

 帰り際、父は新しい句が出来たと言って、その山の情景を描いた歌を詠んでくれました。
 それを聞いたとき、確かに私にも、これから何十年か経って再びその山を見る時には、この句を思い出すだろうと思ったのです。 

 そして、この見知らぬ町が、また一つ、近づいてきたように感じました。
 

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